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東京地方裁判所 平成7年(ワ)5771号 判決 1999年5月31日

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

椎名麻紗枝

大森夏織

被告

国家公務員共済組合連合会

右代表者理事長

古橋源六郎

右訴訟代理人弁護士

平沼高明

堀内敦

加々美光子

小西貞行

水谷裕美

主文

一  被告は、原告に対し、六二三万六六五六円及びこれに対する平成五年九月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は三分し、その二を原告の、その一を被告の各負担とする。

四  第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  事案の概要

本件は、原告が、被告の経営する病院において、ストーマ(人工肛門)造設手術を受けたところ、自己管理の困難なストーマを造設されたため、財産的・精神的損害を被った旨主張して、被告に対し診療契約上の債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償の請求をした事案である。

被告は、担当医師の債務不履行ないし不法行為(過失)を否認し、担当医師の手術方法は、医師としての裁量の範囲内の行為であった旨の主張をしている。

第二  原告の請求

被告は、原告に対し、二〇〇九万円及びこれに対する平成五年九月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第三  争いのない事実

1  原告は、精神科の医師であり、平成五年にページェット病に罹患していた者である。

被告は、虎の門病院(以下、「被告病院」という。)を経営している。

2  原告は、ページェット病に罹患していることを知り、平成五年四月二〇日、被告病院皮膚科で初めて診察を受けた。

原告は、被告との間で、ページェット病の治療のための診療契約を締結し、同年九月七日、被告病院に入院した。

被告病院皮膚科部長の大原国章医師は、同月九日、ページェット病治療の手術を行い、右手術の中で、被告病院消化器外科医長のS医師(以下、「S医師」という。)は、原告のストーマを造設する手術(以下、「本件手術」という。)を行った。

第四  当事者の主張

一  請求の原因

1  ストーマ造設外科医の注意義務について

患者にストーマ造設術を行う外科医には、患者の術後ストーマ管理が容易になるべくストーマを造設する注意義務が存する。

管理容易なストーマとは、患者の便が処理しやすい、便漏れしないストーマのことである。また、ストーマ装具の装着が容易であることも必要である。

管理の容易なストーマであるためには、具体的には、①患者がストーマを容易に見ることができること、②ストーマが皺や瘢痕に入り込まないこと、③ストーマが皮膚の高さより陥没していないこと、④ストーマ周囲の腹壁の硬さが体位によって変化しないこと、⑤ストーマの形が円形に近いことなどが必要である。

このような、管理容易なストーマを造設するために、外科医は、次の注意義務を負う。

①術前に、患者に立位・座位・仰臥位をとらせ、ストーマサイトマーキングを実施することにより、当該患者に最善の位置を探すことが必要である。このマーキング実施のポイントは、ストーマが皺や瘢痕の中に入らない位置かどうか、腹直筋を貫きストーマ周囲の腹壁の硬さが体位によって変化しにくいかどうか、患者から見やすい位置かどうか、装具を貼れるだけの平面があるかどうかを見極める点にある。②ストーマ造設に当たって不適切な手技手法によらないことが必要である。すなわち、術後ストーマが皺の中に陥没しないように造設すること、円形のストーマを造設することが必要である。③当該患者に自然排便法(ストーマの周囲にパウチを装着し、不随意に起こる排便に対応する方法)による装具装着が適している場合であれば、それが容易であるように、ストーマの高さが確保された突出型のストーマを造ることが必要である。

2  原告のストーマの管理困難性

ところが、本件手術により造設された原告のストーマは、①原告から見えない位置にあること、②大きな皺の中に入り込んでいること、③陥没していること、④腹直筋を貫いておらず腹直筋の外縁に造設されたため、体位によってストーマ周囲の腹壁の硬さが変化することなどの条件により、便の処理がしにくく、便漏れしやすい、極めて管理の困難なストーマとなっている。

3  S医師の注意義務違反(過失)

(一) 術前ストーマサイトマーキングを怠った過失

1で述べたように、ストーマを造設する医師は、造設位置を決定するために、術前ストーマサイトマーキングを行う義務、すなわち、手術前に、患者のストーマ造設予定位置に印を付け、患者に立位、座位、仰臥位等の姿勢をとらせ、患者から見やすい位置かどうか、ストーマが皺や瘢痕の中に入らない位置かどうか、腹直筋を貫きストーマ周囲の腹壁の堅さが体位によって変化しにくいかどうかという点について検討し、最善のストーマ造設位置を探す義務がある。

ところが、S医師は、原告に対し、術前ストーマサイトマーキングを実施することを怠った。

S医師が、原告に対し、術前ストーマサイトマーキングを実施していれば、原告のストーマは、原告から見える位置で、大きな皺の中に入り込まず、腹直筋を貫く位置に設置されストーマ周囲の腹壁の硬さが体位によって変化しない、より管理の容易なストーマが造設されていたはずである。

(二) 突出型ストーマを造設しなかった過失

ストーマの管理方法には、自然排便法と洗腸療法(微温湯をストーマから腸内に注入し、強制的に排便させることにより、不随意排便のない状態を得る方法)とがあるところ、従来から、高齢者に対しては自然排便法をとることが要請されており、便性が下痢傾向にある者に対し洗腸療法をとることは医学上の禁忌とされていた。そして、自然排便法をとる場合には、ストーマにパウチを装着するために、粘膜を皮膚より高く設置する突出型ストーマを造設すべきものとされていた。

そして、昭和四五年(一九八〇年)以降は、皮膚保護剤や装具が開発されたことにより、当該患者の便の性質や、管理方法を自然排便法・洗腸療法のいずれにするかを問わず、突出型ストーマが、粘膜が皮膚の高さにある平坦型ストーマに比べ優位性があるとされ、一般的に突出型ストーマを造設すべきものとされていた。

原告は、本件手術当時、七一歳の高齢であり、本件手術前から便性が下痢傾向にあった。

したがって、S医師は、原告に対し、自然排便法による管理のために、突出型ストーマを造設する義務があった。

ところが、S医師は、原告に対し、便性を尋ねることや術後のストーマ管理について全く説明せず、漫然と陥没型ストーマを設置した。

S医師が、原告に対し、突出型ストーマを造設していれば、粘膜が皮膚より低い高さとならず、ストーマへの装具装着がより容易になり、原告のストーマの管理がより容易となったはずである。

(三) 説明義務違反

仮に、S医師の行為が、専門家としての裁量権の範囲内の行為であったとしても、右(一)、(二)で述べたとおり、S医師には原告に対する説明義務違反があった。

4  損害

(一) 余分なストーマ装具・皮膚保護剤の代金損害 八〇九万円

管理の容易なストーマの維持管理には、パウチとフランジの二種類の装具のみを使用すれば足り、一か月あたりの出費は、一万四八五〇円で済む。

しかし、原告は、管理の困難なストーマを造設されたため、多種類にわたる皮膚保護用具、装具類を使用することを余儀なくされ、ストーマ装具・皮膚保護剤の代金に月額五万八〇八〇円を要している。

したがって、原告は、管理困難なストーマを設置されたことにより、一か月当たり右五万八〇八〇円から右一万四八五〇円を差し引いた四万三二三〇円、一年あたり五一万八七六〇円(四万三二三〇円×一二か月)の損害を負った。

右五一万八七六〇円に、本件手術当時の原告の年齢の七一歳における簡易生命表による平均余命15.6年を乗じると八〇九万二六五六円となるから、余分な装具、皮膚保護剤についての原告の損害額は八〇九万円を下らない。

(二) 慰謝料 一〇〇〇万円

原告は、現役の医師であり、平成五年九月当時、病院に週三回、診療所に週一回勤務していた。

しかし、原告は、管理困難なストーマを造設されたために、平成六年五月以降、右病院勤務を週に二回に減らし、右診療所勤務を辞めざるを得なくなった。

また、原告は、各種研究会や会合への出席回数を減少させるなど、行動半径を狭くすることを余儀なくされた。

このように、原告は、管理困難なストーマを造設されたことにより、生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)の著しい低下を甘受せざるを得なくなったのであり、原告の精神的損害は、一〇〇〇万円を下らない。

(三) 弁護士費用 二〇〇万円

(四) 合計二〇〇九万円

5  被告の責任

S医師は、原告・被告間の診療契約において、被告の履行補助者として原告の診療を行い、原告に対し右4の損害を与えたから、被告は、原告に対し、民法四一五条に基づき右損害を賠償する責任がある。

S医師は、被告の被用者であり、原告に対し、被告の事業の執行につき右損害を与えたから、被告は、原告に対し、民法七〇九条、七一五条に基づき右損害を賠償する責任がある。

6  よって、原告は、被告に対し、債務不履行又は使用者責任に基づき、右損害金合計二〇〇九万円及びこれに対する本件手術の日である平成五年九月九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告の認否

1  1項のストーマ造設外科医についての一般的な注意義務の存在は認めるが、具体的な注意義務の内容は争う。

2  2項は否認する。

但し、原告のストーマが、腹直筋を貫いておらず腹直筋の外縁に造設された事実は認める。

3  3項は否認する。

但し、S医師が、原告の主張する内容の術前ストーマサイトマーキングを行わなかったことは認める。

4  4項は否認する。

5  5項は否認する。

但し、原告・被告間の診療契約の存在、S医師が被告の被用者であり、被告の事業の執行として原告の診療を行ったことは認める。

三  被告の主張

1  原告のストーマの管理困難性・容易性について

(一) 原告のストーマは、原告の腹部の最も高い部位(以下、「マウンテントップ」という。)より下に造設されていないから、ストーマは原告から特に見えにくい位置にはない。

そもそも、下腹部は本人から見えにくい位置にあるから、下腹部に造設されたストーマを見るのに多少の困難を伴うことは当然である。

(二) ストーマを腹直筋を貫く部位に造設しても、ストーマの管理が容易になるわけではない。したがって、ストーマの腹直筋の外縁に造設したことにより、ストーマの管理が困難になることはない。

(三) 原告の体重が本件手術後二キログラム増えていること、一般論として、老齢により筋肉の力が劣化し、腹部に集中的に肥満化が起きることに鑑みると、仮に、原告のストーマが陥没していたとしても、それは本件手術後の原告の体型の変化によるものであり、本件手術によるものではない。

(四) 原告のストーマ部分の皺は、本件手術の後にできたものであり、S医師は、皺のある部分にストーマを造設していない。

(五) したがって、S医師は、原告に対し、自己管理の困難なストーマを造設していない。

2  S医師の注意義務違反(過失)の主張について

(一) 術前ストーマサイトマーキングを怠った過失の主張について

(1) S医師は、原告に対し、本件手術当日、手術台の上で原告を仰臥位にした状態でストーマサイトマーキングを行い、ストーマの造設位置を決定した。

ストーマサイトマーキングは、ストーマの位置を決定するために行われるものにすぎず、これを行ったことにより、ストーマの管理が容易になるものではない。ストーマの管理が容易か否かは、ストーマの造設が行われ、ストーマの管理が数か月行われて初めて判明するものである。

したがって、ストーマの造設位置をいかなる方法で決定するかは、当該医師の裁量に委ねられており、S医師に、原告主張の術前ストーマサイトマーキングを行う義務はない。

S医師の本件手術におけるストーマ造設位置の決定方法は、被告病院において通常とられている方法であり、違法性はない。

(2) また、原告はやせ形の体型をしており、この場合、ストーマ造設の位置に選択の余地はほとんどなく、腹直筋を貫く位置にストーマを造設することは不可能であったから、被告に責任は生じない。

(二) 突出型ストーマを造設しなかった過失の主張について

原告のストーマはコロストミー(結腸人工肛門)であり、この場合、突出型ストーマ・平坦型ストーマのいずれを造設すべきかについては定説がなく、そのいずれによるかは当該医師の裁量に委ねられている。

したがって、S医師に突出型ストーマを造設する義務はない。

S医師は、平坦型ストーマは、洗腸療法・自然排便法のいずれを行うにも適していると考えており、原告に対し、右裁量の範囲内で平坦型ストーマを造設したものである。

3  損害について

ストーマを造設した場合、日常生活において多少の不便が生じることは避けられない。

したがって、原告の日常生活において、不便・苦痛が生じたとしても、それは、ストーマを造設した以上やむを得ないことであり、S医師のストーマ造設の過誤によるものではない。

第四  当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、患者にストーマ造設術を行う外科医は、患者の便の処理がしやすく、便漏れせず、かつ装具の装着が容易な、すなわち管理容易なストーマを造設する注意義務のあることが認められる。

二  原告のストーマの管理困難性について

1  甲一ないし四、七、一〇、一一、一五、二二、二三、四七(以上、枝番を含む、以下同じ。)及び証人塚田邦夫の証言によれば、管理の容易なストーマの要素として、次の四点が挙げられることが認められる。

(一) ストーマが患者から見えやすい位置にあること

患者がストーマを自己管理するにあたっては、ストーマを自分で見ることができることが必要であり、これに最適な位置は、腹部のマウンテントップである。

(二) ストーマの周囲に皺がないこと

ストーマの自己管理に際し、パウチをストーマ周囲の皮膚に貼り付ける必要があるところ、ストーマの周囲に皺があると、パウチを貼り付けることが非常に困難となる。

したがって、管理の容易なストーマにするためには、ストーマ周囲に皺のないことが必要である。

(三) 粘膜が皮膚の高さよりも下がっていない、いわゆる陥没型ストーマでないこと

便が皮膚に接触すると、便中の消化酵素の働きにより、皮膚に潰瘍ができる。したがって、ストーマの管理を容易にするためには、便が皮膚に接触しないようにすることが必要である。しかるに、陥没型ストーマの場合、便がパウチに入る前に皮膚に接触しやすく、皮膚障害が起こりやすい。そこで、管理の容易なストーマのためには、陥没型ストーマでないことが必要である。

(四) 腹直筋を貫く位置にストーマを造設すること

腹直筋は、腹部において最も丈夫な筋肉であり、体位が変化しても、比較的硬さが変化しないため、腹直筋を貫く位置にストーマを造設すると、管理が容易となり、皮膚障害も起こりにくい。また、腹直筋以外の部分にストーマを造設すると、ヘルニアの起こる頻度が高くなるといわれている。

被告は、腹直筋を貫く部分にストーマを造設することは、ストーマの管理の容易性とは関係がない旨主張するが、この主張を認めるに足りる証拠はない。

2  原告のストーマの形状等について

(一) 右1(一)の点について

甲二一によれば、原告のストーマは、腹部のマウンテントップよりやや上方に造設されている事実が認められる。そうすると、原告がストーマを見るのに最適な位置には造設されていないものと認められる。

(二) 右1(二)の点について

甲二一、四四、証人塚田邦夫の証言によれば、東京医科歯科大学の塚田邦夫医師(以下、「塚田医師」という。)は、遅くとも平成六年三月頃、原告を診療したところ、原告のストーマは、原告の腹部の皺が存在する位置に造設されていたことが認められる。

被告は、原告の右の皺は、本件手術後に生じたものである旨主張する。

しかし、本件において、術前ストーマサイトマーキングがされていないことについては当事者間に争いがなく、本件手術前にストーマ造設位置に皺がなかったことの確認はされていないものと推認されること、右の皺が本件手術後に生じたとするのは推測にすぎず、その理由を説明できるに足りる証拠はないことなどに照らせば、原告のストーマの皺は、本件手術の前から存在していたものと推認するのが相当である。

(三) 右1(三)の点について

(1) 看護記録(乙二)の一八丁表の「看護計画」の記載によれば、本件手術の一〇日後の平成五年九月一九日において、原告のストーマは、粘膜が腹壁より数ミリメートルより低い、いわゆる陥没型ストーマであった事実が認められる。

したがって、原告のストーマは、本件手術により造設された当時から、陥没型ストーマであったものと推認される。

(2) 被告は、S医師は平坦型ストーマを造設した旨主張し、証人Sはこれに沿う証言をする。

しかし、証人塚田邦夫の証言によれば、右看護記録において原告のストーマの形状を記載した看護婦は、ストーマの診療について相当の経験を積んだ者であるものと認められるから、右看護記録の記載は正確なものと解するのが相当で、右認定に反する証人Sの右証言を採用することはできず、被告の右主張は採用できない。

(3) もっとも、右のとおり、本件手術直後においては陥没の深さは数ミリメートルであったところ、甲一四によれば、本件手術から約二年三か月後の平成七年一二月一二日において、右陥没の深さが約1.5センチメートルであったことが認められる。そうすると、原告のストーマの陥没の程度は、本件手術後、何らかの理由により増加したものと認められる。

(四) 右1(四)の点について

原告のストーマが腹直筋の外縁に造設された事実は当事者間に争いがない。

3  以上によれば、原告のストーマは、マウンテントップよりも上部で、皺のある部分に陥没型で造設されたため、原告から見えにくい状態となり、腹直筋の外側に造設されたことと相俟って、本件手術直後から、管理困難なストーマであったものと認められる。

二  S医師の過失について

1  術前ストーマサイトマーキングを怠った過失の主張について

(一) 甲一ないし七、九ないし一一、一五、二三、三一及び証人塚田邦夫の証言によれば、医師が、ストーマを造設するにあたり術前ストーマサイトマーキングを行うこと、すなわち患者のストーマ造設予定位置に印を付け、患者に立位、座位、仰臥位等の姿勢をとらせ、患者から見やすい位置かどうか、ストーマが皺や瘢痕の中に入らない位置かどうか、腹直筋を貫きストーマ周囲の腹壁の硬さが体位によって変化しにくいかどうかという点について検討し、最善のストーマ造設位置を探すことは、本件手術当時の臨床医学上の常識となっていたものと認められる。

したがって、S医師は、原告に対し、右の術前ストーマサイトマーキングを行う義務があったというべきである。

(二)  しかるに、S医師が右のとおりの術前ストーマサイトマーキングを行わなかったことは当事者間に争いがない。

したがって、S医師に右の注意義務違反が認められるというべきである。

(三) 被告は、右の術前ストーマサイトマーキングの義務を否定し、S医師は、証人尋問及び意見書(乙八)において、患者の体型は術後に変化するから、座位で見える位置を重視するよりも、患者を仰臥位にさせて腹部を平坦にし、パウチを装着しやすい体位をとって造設位置を決定する方が臨床上妥当な方法である旨主張する。

しかし、甲二三及び証人塚田邦夫の証言によれば、患者を仰臥位にさせても、座位のときにできる皺の位置を判別できないこと、患者の体型のいかんにかかわらず、座位のときには皺ができること、その皺の部位は患者ごとに異なることが認められる。そうすると、S医師の右造設位置決定方法でストーマ造設位置を決定すれば、患者の皺の部分にストーマを造設することを避けることが困難となるものと認められる。皺のある部分にストーマを造設すると、ストーマの管理が困難となることは前認定のとおりである。

したがって、右の点のみをとっても、被告の右主張は採用できない。

(四) 被告は、S医師の本件手術におけるストーマ造設位置の決定方法は、被告病院において通常とられている方法であり、違法性はない旨主張する。

しかし、医師が医療慣行に従った治療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたとただちにいうことはできない(最高裁平成四年(オ)第二五一号平成八年一月二三日第三小法廷判決・民集五〇巻一号一頁参照)。右のとおり、S医師の右ストーマ造設方法は、本件手術当時の医療水準に照らし採用できない方法であったと認められる以上、それが被告病院の慣行に従ったものであったとしても、そのことにより違法性は否定されないというべきである。

したがって、被告の右主張は理由がない。

(五) また、被告は、本件の場合、原告のストーマ造設位置は他にほとんど選択の余地がなかった旨主張し、S医師は、意見書(乙八)において、ストーマは、開腹創、左肋骨弓及び左腸骨綾を避け、かつ一〇センチメートル四方の平坦な面が確保できる位置に造設することが必要であるところ、原告の腹部は狭いため、ストーマを付ける位置にほとんど選択の余地はなかった旨の意見を述べ、証人尋問においても同趣旨の証言をする。

しかし、甲一二、乙八及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件手術当時、身長159.5センチメートル、体重五一キログラムであり、女性の平均よりも大柄の体型であることが認められ、そうすると、原告が通常よりも腹部の狭い体型を有していたと認めることはできない。また、塚田医師は、証人尋問において、原告に対し、本件のストーマ造設位置よりも、さらに中央側の下部にストーマを造設することが可能であった旨証言しており、右証言の信用性に疑いを抱かせるに足りる証拠はない。

以上によれば、原告のストーマ造設位置につき他にほとんど選択の余地がなかったとは認められず、被告の右主張は採用できない。

3  突出型ストーマを造設しなかった過失について

(一) 証人塚田邦夫の証言によれば、①ストーマを一つの治療手段として用いるようになったのは昭和二五年(一九五〇年)以降であり、当時は、突出型ストーマを造設し、自然排便法をとることが絶対的な条件とされていたこと、②昭和四五年(一九七〇年)以降になると、洗腸療法が導入され、洗腸療法のためには平坦型ストーマを造設するのがよいという主張も有力にされたこと、③しかし、昭和五五年(一九八〇年)以降になると、高性能の皮膚保護剤が発明されたため、ストーマ管理法の主流は、再び洗腸療法から自然排便法へ変化したこと、④その後、突出型ストーマで洗腸療法を行っても障害にならないということが経験的に明らかにされ、あらゆる場合に突出型ストーマが平坦型ストーマよりも優位性があることが明らかとなっていったことが認められる。

また、昭和六一年に発行された文献(甲一〇)には、突出型ストーマを造設することが理想であり、平坦型、陥没型ストーマはスキントラブルの原因になりやすい旨記載されていることが認められる。

右によれば、突出型ストーマが平坦型ストーマよりも優位性があり、少なくともストーマの管理方法として自然排便法をとる場合には必ず突出型ストーマを造設しなければならないとの理解が、本件手術が行われた平成五年当時の医療水準であったものと認められる。

そうすると、ストーマを造設する医師は、患者に対し、原則として突出型ストーマを造設する義務があり、仮に平坦型ストーマを造設するのであれば、少なくとも、患者の年齢、便性等を考慮し、洗腸療法による自己管理が可能であり、自然排便法を採用する必要がないと判断した上で行う義務があったというべきである。

(二)  そして、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件手術前から、時々下痢をしていた事実が認められる。

そうすると、S医師は、原告に対し、原告の便性を考慮し、自然排便法をとるために突出型ストーマを造設する義務があったというべきである。

しかしながら、証人Sの証言によれば、S医師は、本件手術において、原告の年齢、便性を考慮することなく平坦型ストーマの造設を企図したものと認められ、前認定のとおり、結果として、粘膜の高さが皮膚レベルよりも数ミリメートル低い陥没型ストーマを造設したものと認められる。

したがって、S医師には右の注意義務違反が認められるというべきである。

(三) 被告は、医師に突出型ストーマを造設する義務はない旨主張し、昭和六三年に発表された平坦型ストーマの有用性について述べた論文(乙四、五)を提出している。

しかし、乙四は、当時既に通説的見解となっていた突出型ストーマの優位性に対し、アンケート調査の結果から疑問を提示したものにすぎない。そして、その後、右アンケート調査の結果を踏まえ、平坦型ストーマの有用性を論じた文献等が発表されたことを認めるべき証拠はない。

また、乙五は、緊急手術の場合の平坦型ストーマの有用性を述べたものであり、一般的な平坦型ストーマの有用性を論じたものではない。

そうすると、乙四、五は、いずれも被告の右主張を裏付けるに足りるものとはいえず、他に被告の右主張を裏付けるに足りる証拠はないから、被告の右主張は採用できない。

(四) 被告は、原告のストーマの陥没は、本件手術後、原告の体重が五一キログラムから五三キログラムに増加したことや、原告の老齢化による体型の変化によるものである旨主張する。

たしかに、前認定のとおり、原告のストーマの陥没の程度は、本件手術後に増加したものと認められる。

しかし、証人塚田邦夫の証言によれば、二キログラム程度の体重の変化で、ストーマの形状はさほど変化しないことが認められる。

また、文献(甲三)によれば、突出型ストーマを造設し、腸を適切に翻転させると、術後の陥没が少なくなることが認められる。

さらに、文献(甲四)によれば、皮下の脂肪層に突出型ストーマを造設する場合には、腸管に一ないし二センチメートルの余裕を持たせておくと術後腹壁の皮下脂肪が厚くなってもストーマの陥没を防ぐことができることが認められる。

以上の事実に照らせば、仮に原告に突出型ストーマが造設されていたとすれば、少なくとも二キログラム程度の体重の変化等によってストーマが陥没するような事態は防ぎ得たものというべきである。

したがって、被告の右主張を採用することはできず、原告のストーマが管理困難となった主な原因は、S医師が当初から陥没型のストーマを造設したことにあったというべきである。

4  以上によれば、S医師は右2、3の注意義務違反があり、これと原告のストーマが管理困難になったこととの間に因果関係があるというべきである。

四  被告の責任

原告と被告と間で診療契約が締結されたこと、S医師が被告の被用者であり、被告の事業の執行として原告の診療を行ったことについては当事者間に争いがない。

したがって、被告は、原告に対し、債務不履行ないし使用者責任に基づき、S医師の注意義務違反(過失)により生じた損害を賠償する義務を負うというべきである。

五  損害 合計六二三万六六五六円

1  余分なストーマ装具代・皮膚保護剤の代金の損害

三七三万六六五六円

甲三三、三五ないし三八、四三及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、ストーマの管理のため、一か月あたり、ストーマケア費用として、パウチに三万一二〇〇円、コンベックス・インサート(フランジの中に挿入する装具)に四〇〇〇円、ペースト(ストーマ周囲の皺や窪みを埋めるための皮膚保護剤)に一四〇〇円、パウダー(排泄物やその水分を吸収するための皮膚保護剤)に六〇〇円、ウェハー(ストーマ周囲の皺や窪みの補正等に使用される皮膚保護剤)に三九〇〇円、ベルト(パウチ等を固定するための装具)に一三〇円、リライヤベルト(腹壁及び装具を固定するためのベルト)に一三〇〇円、ユニウォッシュ(ストーマや衣服の洗浄剤)に九五〇円、スキンプレップ(フランジ交換時の皮膚に対する刺激を緩和するための皮膚保護剤)に一三〇〇円、デュラヘーシブCフランジ(回腸ストーマ用に開発され、管理困難なストーマに使用されるフランジとしてデュラヘーシブフランジがあり、デュラヘーシブCフランジはこれを更に改良したもの)に一万二八〇〇円、合計五万七五八〇円を要していることが認められる。

また、甲三三、証人塚田邦夫の証言及び原告本人尋問の結果によれば、仮にストーマ管理に全くトラブルが起きない場合は、ストーマの管理のためにはフランジとパウチのみの使用で足り、一か月あたり一万四八五〇円の出費で足りることが認められる。

もっとも、証人塚田邦夫の証言によれば、ストーマが管理容易であっても、便が水様便であれば、デュラヘーシブフランジ(甲四三によれば五二五〇円)を使用する必要がある事実が認められる。

そうすると、仮に原告にできる限り管理の容易なストーマが造設されたとしても、フランジとパウチ以外にも出費を要したことが推認される。

これらの本件に顕れた一切の事情を考慮すると、本件の債務不履行ないし不法行為により原告が被った損害としての余分なストーマ装具代・皮膚保護剤等の費用は、一か月当たり三万円と認めるのが相当である。

そして、弁論の全趣旨によれば、原告は、大正一一年五月三日生まれで本件手術当時七一歳であったこと、平成五年簡易生命表による七一歳の女性の平均余命は15.6年であることが認められる。そこで、原告の余命を一五年として、ライプニッツ係数(10.3796)により原告の損害の現価を計算すると次のとおりとなる。

1か月3万円×12か月×10.3796=373万6656円

2  慰謝料 二〇〇万円

証人塚田邦夫の証言によれば、原告に対し管理困難なストーマが造設されたことにより、ストーマ周囲の皮膚の障害が慢性的に生じている事実が認める。

さらに、原告本人尋問の結果によれば、原告は、平成六年五月以降、週四回の勤務を週に二回の勤務に減少させ、また、本件手術以後各種研究会や会合への出席回数を減少させており、本件手術後、原告の主張する生活の質は相当程度低下したものと認められる。

たしかに、弁論の全趣旨によれば、仮に管理の容易なストーマが造設されたとしても、ある程度の生活の質の低下は避けられないこと、装具や皮膚保護剤を使用することにより、ストーマの管理困難性をある程度緩和することは可能であることが認められる。

しかし、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件手術前から、ストーマを造設することを大きな精神的負担に感じており、せめてできる限り自己管理の容易なストーマが造設されることを希望していたものと認められるから、自己管理の困難なストーマを造設されたことによる原告の精神的損害は少なくないものというべきである。

右の事情のほか、本件に顕れた一切の事情を総合考慮すれば、被告が原告に支払うべき慰謝料は、二〇〇万円と認めるのが相当である。

3  弁護士費用 五〇万円

以上、認定判断したところに照らせば、本件と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は五〇万円と認めるのが相当である。

4  合計六二三万六六五六円

六  以上によれば、被告は、原告に対し、債務不履行ないし使用者責任に基づき、右損害金合計六二三万六六五六円及びこれに対する本件手術の日(不法行為時)である平成五年九月九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負うべきものである(なお、債務不履行に基づく損害賠償請求権は請求により遅滞に陥るから、不法行為の日の平成五年九月九日から訴状送達の日であることが記録上明らかな平成七年四月七日までの遅延損害金の請求については、もっぱら使用者責任に基づきこれを認めるものである。)。

七  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し六二三万六六五六円及びこれに対する平成五年九月九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による金員を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官坂本慶一 裁判官田中寿生 裁判官松井修)

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